今、ひとつの噂がある。
2012年に人類が滅亡する、という予言だ。
この予言の出所はマヤ文明にある。
以下、雑誌『ムー』からの引用を交えながら確認していく。
マヤ文明は、紀元前後から16世紀ころまで中米を中心に高度な文明を築いていたとされる。それは800年頃にピークに達し、1560年にスペイン人が侵入した時点では衰微していたという。
このマヤ文明の歴は、ものすごく発達していたらしい。
そのマヤの暦が、2012年12月をもって突然、終っているとされている。
■マヤの暦
マヤの暦は、紀元前3114年8月13日に始まり、それから5125年後の2112年12月22日で終っているらしい。この5125年という数字は、太陽の活動周期と関係があるとされている。これをそのまま信じることはしないが、無視もしない。今の段階では何ともいえない。
マヤの話に戻る。マヤ人は、知れば知るほど、驚異的としかいいようのない天文学と暦の知識を持っていたらしい。
彼等は太陰暦の1ヶ月を29.53020日と計算していた。現在では29.53059日とされており、その誤差は34秒。
また、さまざまな周期にあわせて20種類以上の暦を組み合わせて使用していた。たとえば金星の軌道に合わせて作られた暦は、1000年間の間の誤差が1日未満とのこと。
■大周期について
260日周期の「ツォルキン」
365日周期の「ハアブ」
がある。
この最小公倍数は18980(日)。
18980÷365=はピッタリ52(年)。
マヤ人は52年という周期を極めて重視しており、その節目ごと(52年に一度の日)に重要な儀式を行っていたらしい。
また、マヤ人は「13バクトゥン」を太陽の大周期として重視していた。
1バクトゥン=20カトゥン
1カトゥン=20トゥン
1トゥン=18ウィナル
1ウィナル=20キン
1キン=1日
ということだ。
単位を直すと、
1ウィナル=20日
1トゥン=18ウィナル=360日
1カトゥン=20トゥン=7200日
1バクトゥン=20カトゥン=144000日
つまり、マヤ人が重視していたという「13バクトゥン」は、
13バクトゥン=1,872,000日
となる。年数に直すと、
1,872,000÷365=5128.767……
「つまり約5125年となる」と手元の資料には書いてある。5125年という数字は冒頭に出て来た数字だ。
※上記の計算は365で行っているため5128.767……となり3年弱の誤差が出てくるが、実際は1年は365日ピッタリではないから、これで良いのだろう。これまた単純に言うと「うるう年」は4年に一日であり、5128÷4=1282日、これを365で割ると、約3.5年になる。
マヤ暦の解読に取り組んだ科学者がいる。イギリスの「J・エリック・トムソン」という学者らしい。この学者は16世紀の宣教師ディエゴ・デ・ランダの記録に基づき、現在の大周期の始まりの日付を紀元前3114年8月13日と計算した。
それから「13バクトゥン」後、2012年12月22日が大周期の終りになる、とある。
※単純計算だと、3114年8月13日の5125年後は2011年8月13日になると思うのだが、
やはり計算の誤差なのだろうか?
■マヤの最高神官の言葉
マヤの最高神官「ドン・アレハンドロ」が2008年、来日したらしい。そこで次の様に述べたとある。
「マヤの長期暦によれば、私たちは13バクトゥンと13アハウ(編註:この単位は不明)を終え、『ゼロ年』に近づいています。私たちは太陽のもうひとつの周期の終りの戸口に立っているのです。
この周期は5200年続き、数時間の暗闇で終ります。この暗闇の後、太陽の新しい周期が到来します。それは第6周期(編註:6という数字の典拠は不明)となるでしょう。太陽の各周期ごとに惑星地球の調整が行われ、それは気象条件の変化や、社会生活、政治生活にも変化をもたらします」
また「ドン・アレハンドロ」は、「2012年12月22日」に限定することは否定的だったという。なぜならマヤの長期暦からグレゴリオ暦への変換が正確に行われたとは言い切れないからだと。
■日付は現段階で確定できない
個人的にも暦の変換については、正しく行われているのか、検証できないため、そのまま信じることはできない。ただ、「突然マヤ暦が終っている」という噂(まだ事実と断定はしない)は非常に興味深い。また、マヤ暦の終焉が真直に迫っている可能性がある(可能性、としておこう)というのも、非常に私には興味深い。
結論が出るのはまだまだ先だ。
まずは、いろんな情報をまとめながら、紹介していきたい。